東日本大震災救援支援活動団体 Smile-seed




こちらはスマイルシードの過去の活動報告ページです。最新情報はウェブサイトまたは公式Facebookページをご覧ください。

4月3日〜、荒れ野を走り2度パンク。

 女川体育館へこども達へおやつを持って行く途中の景色。
 この時、一度目のパンク!よく無事に仙台に帰れました。奇跡。


 改めてみる女川町立病院、焼け野原の道を走ります。
 津波の被害の説明。
 皆の顔が真っ青になり言葉も無く泣いておりました。
 気を取り直して、私たちに何が出来るかそれぞれかんがえましょう!さ〜かえりましょ!







 中瀬も陥没して沈んでいます。

4月5日
 鹿妻小学校へ、仲間とともに5人で出発!




 日和山からの景色に皆、言葉無くす。
4月5日
 子供の物資を渡し、皆でポーズ!
 鹿妻小学校へ、ピョンコちゃん、お友達の、あやちゃん、仲間とともにハイ、ポーズ!
 たまたま、持って行ったどら焼きが、なんと、鳥取米子の名物ということで、米子から来ていたボランティアさん達に、喜ばれたばれたのでした!





 この時、東工大の川口君(赤ジャージ)は米兵の通訳のボランティアをしてくれていました。

 米兵さん達はとても明るく声をかけてくれます。

 泥の山で泥だらけで遊ぶ子供達!

 せっかくなので、女川へもご案内

 何とこの日、帰り2度目のパンク。
 幼なじみの信ちゃんに連絡してアメリカンレッカーで市内まで、乗車したままレッカー移動してくれました。前代未聞!緊急時で、おまわりさんも許してくれました。
 スペアーがすでにパンクしていて、皆で仙台行きのバスで帰ったとんでもない日でした。信ちゃんありがとうね!
 なんと、タイミングの良いことに丁度、車検となり家族にあきれられるも、代車での活動!
 物資を買い集め今まで応援して下さった方にお礼の電話を入れたり、お手紙書いたり、かたずけを手伝ったり炊き出しのお手伝いに行ったり、本を購入して下さった方々に発送したり、結局いつ、ご飯食べたか記憶が無い毎日!
4月5日 ボランティアセンター
 多くのボランティアをまとめているのは、地元JCの伊藤社長、土建屋のおやじ!といっても、私より若いんだけど、たいしたもんだ!!
 夜19時には、各リーダーが集まり活動報告と予定を話し合う。とても、素晴らしい会議だ!目的がしっかりしていて、実践に基づいているから、気持ちがいい!
 20時には分科会として、残ったリーダー達20名程で、今後の予定を話し合う。皆お腹すいてるのに〜持って来たおにぎりといなりすしを皆に渡すと感激し てくれ、皆笑顔になってくれました。これが又癖になりしばらくボラセンには、おにぎりや差し入れを持っていくのが日課となりました。
 実はまだみんなちゃんとした食事が取れてない状態でした。
 彼らに、どうしてそんなに一生懸命になれるの?地元でもないのにと訪ねると、『人ごとではないから、何時自分たちに降り掛かるかもしれないし、何かしないではいられなかったから。』と答えてくれました。
 日本の若者に希望のひかりを感じ感動してしまったのでした。私も自分の出来ることをさせていただこうと、又、強く決意するのでした!



 スプーンやフォーク、炊き出し用の器が足りないと聞き、三菱商事パッケージの上田部長におねがいするも、各3000本被災地への救援物資として、無料提供してくださいました。ありがとうございます。




 何時も笑顔のりんちゃんとタマちゃんが手伝ってくれました。



 お腹が空いてるボランティアの為に炊き出しのお手伝い。

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